重陽の節句。

投稿アップデート情報  追記(10/24)

 「こよみのページ」さんによると,今日は,旧の「重陽の節句」のようです。いわゆる「菊の節句」です。

 最近,ネットラジオづいているので,つい先日「菊花の約」の朗読を「o6asan’s netradi (もうありません – 2016.6.1)」のほうにアップしたばかりですが,太宰府天満宮では,毎年,旧の9月10日に菅原道真公をしのんで秋思祭を催します。今年も,明日開かれます。

 何で,9月9日でなく,10日なのかというと,漢詩「九月十日」が絡んでくるわけです。で,この詩は前年の菊の節句のときの御前(宇多 醍醐天皇の)でのことを思い出して,詠んでいるわけですよね。そういうわけで,これが暗いのは,当然でしょうが,前年の詩というのが「秋思詩」です。この暗さはなぜなのでしょうかネ。謙虚で内省的で秋の詩だからということはあると思いますが,「仕事をしなくてはと思っているのだが……」で引用させてもらった劉禹錫の「秋思」と比べると,暗さは歴然,後の不遇を予感しているのだとしか思えなくなるのは,後世のものの偏見でしょうかねぇ。
 

酌 不 恩 君 葉 聲 今 丞
酒 知 無 富 落 寒 宵 相
聽 此 涯 春 梧 絡 觸 度
琴 意 岸 秋 桐 緯 物 年
又 何 報 臣 雨 風 自 幾
詠 安 猶 漸 打 吹 然 樂
詩 慰 遲 老 時 處 悲 思
 秋
 思
 詩
   捧 恩 秋 去
   持 賜 思 年
   毎 御 詩 今
   日 衣 篇 夜
   拜 今 獨 待
   餘 在 斷 清
   香 此 腸 涼
 九
 月
 十
 日

追記(10/24):
 「御前でのこと」というのは記憶まかせで書いたのですが,調べてみると宇多天皇ではなく,醍醐天皇のような……すみません(汗)。そのことに伴い,秋思祭の参考リンク先を太宰府天満宮のページに差し換えました。こちらには,訳も入ってました(爆)。

CentOS6の練習-#11(ClamAVの話,続き-#2)。

 今年も,中秋の名月(9月30日)は見えませんでした。台風17号の余波か厚い雲に隠れていまして。明夜(10月1日)は晴れそうなので,今年も十六夜の月見をしようかなと思っているところです。七夕は,昔の暦通りに行なえば,結構2人の逢瀬を叶えてやれそうな風習ですが,八月十五夜は厳しいですね。なかなか,晴れ上がってくれません。もっとも,晴れると本当に素晴らしい月夜になりますが……

 さて,本題の中間報告です。

 CentOS6の練習-#8を書く前の時点で,実は手を焼いていたことがあった。その件について「clamdscan,User rootでもPermission deniedが出る。」という表題で,「はじめての自宅サーバ構築」さんのところに質問を書いたが,どなたからも,お返事がなかった。しばらく思案投げ首ののち,SELinuxが足を引っ張っているという可能性に思い至り,
   $ sudo setenforce 0
をやって,Permissive かつ User root でclamdscanを走らせてみた。走らせる前に
   $ sudo /etc/rc.d/init.d/clamd restart
もやった。ところがこれでも,lstat() failed: Permission denied. ERROR がでる。いい加減お手上げで,あきらめて,Apacheのrpmのビルドに走った。しかし,サーバを走らせるとなれば,ClamAVを避けては通れない。それに,clamscanだけでなくclamdscanも使ってみたい。しかし,ググってみても,Permissive かつ User root でもエラーが出るなどという情報はどうしても探し出せなかった。もう少し分かっているシステムならいざ知らず,これだけ分からないことばかりでは,自力解決を望む方が無理である。

 さて,どうするか。

 ビルド環境もやっとできたところなのに癪だが,CentOS6.3 Mimimalを再インストールしてみる道を選んだ。何故って,Windowsだって,95を初めて自分用に手に入れたとき,どんだけソフト的に壊して,リカバリを繰り返したもんか。それを思い出して,今回も同じじゃないかと思ったわけ。

 で,結果,これがよかった。といっても,この時点でクリアできたのは,「Permissive かつ User root で clamdscan を走らせること」だけだ。

 当面の目標は,「Enforcing かつ User clamav で clamdscan を走らせること」なのだが……。[セキュアOS SELinux入門]第6回 最も簡単な設定方法を見つけたので,/var/log/messages を覗いてみたが,ここには,記事に記述されているようなメッセージが全く出ていない。記事の日付が2004/07/13と古いので,これからいろいろ変わっている可能性がある。ググって他のところも読んでみたのだが,この時点では,うまいページが見つからない。自分がよくわからないまま探しているときはよくある話だ。わかるようになると,「なんであのときは見つからなかったの?」というくらい適切なページが見つかるようになるのだが。

 しばらくあちこちウロウロしていたが,腹をくくって,SELinux Project に行き,NewUsersのところを見ていたら,The SELinux Notebook – The Foundations (3rd Edition)というのがあるようなので,これを落としてきた。これ,なんと日付が9月2日になっていて,出たばかりみたいだ。14ページに表があって,そこに書いていることを調べてみたら,CentOS6.3では,Old Locationと書かれている方の場所に関係ファイルがある。そこで,The SELinux Notebook – The Foundations(2nd Edition)も落としてきた。落としてからこっち,大分読み齧ってみたんだが,何しろ知らないことばかりを書いてあるものだから,よくわからない。しかし,/var/log/audit/audit.log にまでは,たどり着いた。audit(監査)デーモンがロードされたのちは,こちらにログが吐き出されるらしい。起動直後でも,$ chkconfig –list|grep auditd をやって確認してみるとonになっているから,/var/log/messagesに何もなかったわけだ。

 そこで,(1) Enforcing+User clamav,(2) Permissive+User clamav,(3) Enforcing+User root,(4) Permissive+User root の場合について,audit.log を調べてみた。/home/centos で $ clamdscan をやった場合,(1)~(3)においては, lstat() failed: Permission denied. ERROR が出る。(4)の場合のみ,OKになる。ただし,avc: denied が出ているので,Permissiveモードだから通っているだけだと分かる。これについて,新しくポリシーを作ってやればいいらしい。

 この辺はまだよく理解できていないので,中間報告としては,ここまでにしておこうと思う(汗)。

聞こえますか。

 「寒くないですか。」で書いた啼き声の件だが,再チャレンジしてみた。 結構聞こえていると思いませんか。音の方に集中しすぎて画像の方はひどい手ブレ。そこはご愛嬌,ご勘弁。どこにとまってるかわからないうちに,啼き止んでしまって,そのあとで聞こえてきたのはずいぶん遠くからになっていたので,とまり位置が変わったんだろう。

 茶の間の窓から,デジカメで撮った。遅い昼食を食べていたら,ものすごく近くで例のオーシンツクツクが聞こえたので。かの声を聞けるのも,今年はあとわずかだろう。

 今日は,天気も良くなって,風も穏やか。もっとも雲はかなり出ているが。

 今年の重陽の節句は10/05のようですな。今でも着せ綿の習わしが残っているところはあるのだろうか。日本も狭いが広いから,そういう地域もあるかもしれないな。古典で「おらぶ」なんて言葉が出てきたとき,うちの辺では子供のころには年寄りが使っていた記憶があったので,「へえ,一般的には古語なんだ」と驚いたが,風習でもそういう例はあるかもネ。

今年は,十六夜で。

 夕べは,中秋の名月でした。結構お月見できたところもあったようですが,今年の我が家からは無理でした。庭に出て,空を見上げてみたのですが,雲が厚く,満月の光は漏れていましたが,月影は望めませんでした。

 今夜は,十六夜(いざよい)。打って変わって見事な月夜。というわけで,庭からの写真は十六夜の姿になりました。お月さんの姿だけでは,去年との違いはわからないですが。

 中秋の十六夜とは時期の違う十六夜ですが,この言葉で頭に思い浮かぶのはやはり「十六夜日記」です。これを縦書きにしてみました。

月とコスモス。


 一昨日の後の月には会えずじまいだったが,今夜の十五夜は見事。明るいので,シャッタースピードを上げました。コスモスのほうは一週間前のですが,囲んでみると綺麗かななぞと思い一緒にアップしてみました。

 ところで,長岡輝子がなくなりましたね。102歳だったそうで。ここ最近はお顔を見ませんでしたが,5年くらい前まではお元気だったような気がします。長岡さんの朗読で聴いた宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出します。あの詩は賢治その人は詩として書いたのではなかったかもしれないと思っています。純粋に文面だけを取り上げると傲慢にも思えるところもあります。

 でも,賢治が死の床で動けない状態になってから,しかも詩作として書いたものでないと思って読むと,悲痛な叫びに聞こえるのです。
彼は,金持ちのボンボンですが,その境遇に安住できなかった人です。私が,賢治の作品を読んだころはなんとなく神格化されていたような気がするのですが,近頃はだんだん「人間 賢治」の研究も進んでいるようです。

 私の年から言うと賢治はすごく昔の人に感じるのですが,長岡さんの生年を見るとそれほど変わらないんです。賢治が夭折しなければ,つい最近までは生きていてもよかったわけです。どこかで書きましたが,太宰治と松本清張の生年も同じなんです。長岡さんはその二人よりも1年前に生まれています。私の場合,昔の人かどうかという印象は亡くなった年から受けるものが強いように思います。みなさんは,どう感じますか。

後の月には逢えずじまい。

 今日の帰宅は,少し遅めでした。今日の「後の月見」はどうやらつかの間も無理そうです。残念。

 TODOSでりりさんからストリーミングサーバの話があったので,いい機会だと思ってストリーミングサーバについて調べている。ストリーミング配信そのものはやったことがあるけれども,それは既存のサーバを使ってなので,自鯖でやってみたいなと思いつつ調べている。VideoLANを使おうと思ったんだが,どうも仕様が変わっているようで,新しいものについては資料がなかなか見つからない。で,結局のところオフィシャルページを読むしかないようだ。
 で,読みつつやってみた。今日のところ,一応http://localhost:8080/go.mpgまではうまく行ったんだけど,ストリーミングそのものがよくわかっていないので,これでいいのかが理解できない。前途は遥かなようだね。

菊のこと。

 先月,仲秋の名月について書きましたがそろそろ後の月がきます。
 今年は何日になるだろうと,いつもお世話になる旧暦を載っけてあるサイトを見に行ったら,今日は重陽の節句ではありませんか!!! 重陽の節句といえば菊ですが,もう亡くなって45年になる祖父がわりの大叔父が,たくさんの大輪の菊を育てていたのが今でも目に浮かびます。子どもは近づいてもいけませんでした。
 五節句の中でも重陽の節句を祝う習慣は一般にはもうないでしょうね。うちのあたりでは私の子ども時代でさえ記憶にありません。菊といえば連想ゲームで黄色。無理かな?(笑) でもなんか黄色なんです。なんででしょう。大叔父が育てていた菊だって他の色もたくさんあったんですがねぇ。

 ところで,本の虫だった私としては菊といえば「雨月物語」と「聊斎志異」に一言触れなくてはいけません。なんちゃって。若いころは「菊花の約」のほうに思い入れがありましたが,今になると,とんでもない愚かさの中でしょうもない横死をする菊の精(「黄英」)により親しみを感じます。死んでのちも酒を注がれるとよく茂った,というのが愛おしい。あっ,ここに黄色が出てきますね!! これが刷り込みの原因だろうか。
 こんな横死をする若い男(実は菊の精ですが)を愛おしいと思うのも,ベニスで死ぬのと似た加齢の表れなのでしょうか。(笑)

 さて,この話,誰の訳で読んだんでしょうか。今回調べてみたけど分かりませんでした。例の太宰が「清貧譚」という翻案を書いていますが,これを読んだはずはありません。「馬」「陶」という名が記憶にありますから。まぁ,それはいいことにしましょう。終わり方の現実との近さがいかにも中国的です。

 最後に一言。どうしてネット上で「菊花の約」の原文が見つからないの。著作権に問題があるとも思えないのに。リンクが貼れないよ。(泣)

 あっ,肝腎の話を忘れるところでした。今年の後の月は10月20日の水曜日のようです。

追記:
 「菊花の約」見つけました。しかし,ものすごく読みにくい。もう少し,読みやすく整形したところないかなぁ。ご存知の方は教えてください。

追記2:
 あまりにも読みにくいので,先日juneさんのコメントにもあった涅槃縦書き文庫の開発日誌さんのところを参考にして使い,縦書き表示のものを作ってみました。(2013-08-21に移転され,移転に伴いブログの名称も変わっているようですが,リンクテキストはもとのままにしておきます。―2013.8.29追記)
 こちらからアクセスしてお読みください。javascriptをonにしておく必要があります。「菊花の約」は2番目の短編になります。左下の表示が10%くらいになったところが始まりです。多分。8頁から始まります。

追記3:
 本日(11/27),「黄英」と「清貧譚」の縦書きバージョンを作ったのでこの記事も読み直したんですが,知らないで読むと横死する菊の精の名が黄英のように読めますね。これは亡くなる少年の姉の小字で,死ぬほうのは三郎です。これも小字でしょうかね。

コイの季節。

鯉のぼり1陳腐な題名は,言い古されたダジャレですが,今月に入って爛熟の桜を背景に,鯉のぼりが舞い始めました。
毎年,大体「端午の節句」のひと月前あたりから,勇壮な魚影が見られるようになりますね。上の写真は見慣れた色と柄ですが,下のは微妙に華やか。上のほうは吹き流しと鯉だけしか写っていませんが,もちろん,こちらのほうも画面外右手に節句幟がたっています。
うちの辺りでは,庭に建てるときは,だいたいこの一揃いが多いです。皆さんの地域ではいかがでしょう。

鯉のぼり2ところでご存じでしょうが,文部省唱歌には鯉のぼりの歌は,2バージョンあります。低学年バージョン・高学年バージョンと言いますか……久しぶりに聞いてみてください。

こいのぼり 作詞:近藤宮子/作曲:不明
やねよりたかい こいのぼり
おおきいまごいは おとうさん
ちいさいひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

こいのぼり 作詞:不詳/作曲:弘田龍太郎
甍(いらか)の波と 雲の波
重なる波の 中空(なかぞら)を
橘(たちばな)かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり

開ける広き 其の口に
舟をも呑(の)まん 様見えて
ゆたかに振(ふる)う 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ姿あり

百瀬(ももせ)の滝を 登りなば
忽(たちま)ち竜に なりぬべき
わが身に似よや 男子(おのこご)と
空に躍るや 鯉のぼり

家並みの上を元気よく泳ぐたくさんの鯉の姿が目に浮かびますが,実際は少子化のせいか若干さびしい現実であります。それから,歌からすると,昔は真鯉と緋鯉だけでしかも母親は含まれないというバージョンだったのでしょうかねぇ。